2020/8/4

[44回] 世界が注目するがんの光免疫療法


免疫の暴走を防ぐためのブレーキの仕組みに着目し、それをブロックすることで免疫のアクセルを踏み続けていく免疫チェックポイント阻害剤 (オプチ―ボ) は、これまでにないがん治療のアプローチ方法としてその開発者である本庶 佑博士はノーベル医学賞を受賞しました。本稿では、日本人が開発したそれに続く世界的に大注目の最先端がん治療法「光免疫療法」をご紹介します。

米国立がん研究所の主任研究員である小林久隆博士が開発したレーザー光線を用いる光免疫療法は、米国が誇るノーベル賞級の偉大な研究として2012年のオバマ大統領の一般教書演説で取り上げられました。米国で行われた頭頚部の進行がんに対する臨床試験では、15人中14人が奏功し、そのうち7人が完全緩解 (CTなどの画像検査でがんの消失を確認) という驚異的な結果を受け、現在日本の国立がん研究センターや、独のケルン大学、米国のスタンフォード大学など、世界各国で臨床試験が進められています。


この治療法の仕組みと流れは、まず細胞膜に接着する性質を持った物質 (抗体医薬やリポソーム) と、光が当たると熱や活性酸素を発生する物質 (光感受性物質) が合体した薬剤を点滴で体内に入れます。状況によっては直接がん組織内に注入します。初日はそれだけです。正常組織の血管と比べて血管内物質が組織内に浸透していきやすい腫瘍血管を介して薬剤はがん組織に運ばれます。がん細胞表面の細胞膜に十分に接着するまで1日 (~2日) 待った後、がん組織が存在する部位にからだの外側から赤外線や赤色のレーザー光線を60分程度照射します。胃がんなどの消化管のがんでは、内視鏡を通して照射することになります。

からだの外側からの場合は、レーザー装置につながっている専用のレーザー針 (laser needle) を、がん組織が存在する部位の皮膚の上に刺したり、皮膚表面に接着させて照射します (間質内照射) 。その際数本の針を分散させて使いますが、一部をリンパ節などの転移部位に使うこともあります。口腔内や鼻腔内のがんなどでは、状況に応じて針を刺したり接着させたりせずに、近接させた状態で直接照射します (外部照射) 。
この治療で用いるレーザー光線は、照明などで使われる40Wや60W、100Wと違い100 ミリW以下の低出力の光線であることから熱さを感じることはなく、たとえがん組織以外の部位に当たってもそこに光感受性物資が付着していなければ熱も活性酸素も発生しないため問題はありません。また、赤外線はテレビのリモコンなどに使われているし、赤色の光線にしても可視光線で有害なものではないため、レーザー光線そのものが体に悪影響を及ぼす心配はほぼないと考えていいでしょう。

こうしたレーザー光線の照射により、光感受性物質が反応して熱や微量の活性酸素を放出します。それらはがん細胞の細胞膜に穴をあけ、急速に細胞内へ水分が流入して膨張し、がん細胞は数分のうちに破裂してしまいます。1回の照射にとどまらず数回にわたって繰り返すほど、直視やCT、エコーなどの画像で縮小していく姿を見ることができます。これが第一段階の光線効果です。しかしながら、レーザー針の先端から出る光線の到達深度 (MAX 6-7cm) と広がりには限界があるため、その効果はレーザー光線が当たっているがん組織の部分に限られてしまいます。そうはいっても、小さながん組織では壊滅状態に追い込む可能性があるし、大きながんでも相応のダメージを負わせて弱体化させ抗がん剤や放射線治療の効果を高めたり、縮小化により手術ができる状態にもっていくこともできるかもしれません。

この光免疫療法の優れているところは、レーザー照射による光線効果にとどまらないことです。その名に示されるように、光線効果が引き金となって体内の免疫系の抗腫瘍活性が強く誘導されることになります。つまり、第二段階として、生き残っているがん細胞に体内の免疫細胞が総攻撃をしかけるという二段構えのコンビネーション治療ということです。がんと戦う免疫部隊の主力兵士であるキラーT細胞は、司令官である樹状細胞から目印となる敵の特徴を示された後 (抗原提示) 、攻撃命令を受けて戦うことになります。しかし、がんは自身の特徴 (がん抗原) を隠すことが巧みなため、司令官が攻撃目標を把握できず攻撃命令を出せないことが苦戦する大きな原因になっています。光免疫療法では、レーザー照射により破壊されたがん細胞が部分的とはいえ化けの皮を剥がされた状態に陥るため、司令官は攻撃目標を把握できるようになり、明確な目標に向けて総攻撃が可能になります。転移部位のがん細胞も同じ特徴 (がん抗原) 持っているため、原発部位だけではなく全身の転移部位も攻撃を受けることになります。こうした免疫効果は光線効果の1-2か月後をピークに次第に高まっていき、がんを壊滅状態にもっていくことが期待されます。免疫効果の高まりに合わせて化学療法などのがん治療を合わせて実施するのもいいですね。

光免疫療法は効果の高い治療法ではありますが、1週間程度の間隔をあけて数回繰り返すスケジュールで実施することが推奨されています。理論的には全身の全てのがんが対象になる簡便で体に優しい治療法であること、副作用は非常に少ないこと、他の治療との併用が可能なこと (むしろ望ましいこと) 、比較的安価で受けられること、そして、外来で短期間ですむことから大きな期待が寄せられています。臨床試験とは別にドイツなどのEU各国を中心に行われていますが、わが国ではEUや米国などで医療機器として承認されたレーザー装置 (MLDS) を用いて、全国の数施設で実施されています (ルネスクリニック日本橋、りんくうメディカルクリニックなど) 。