2021/2/16

[47回] 新型コロナウイルスワクチン


新型コロナウイルス感染症のパンデミック対策として世界規模でワクチン接種が始まり、わが国でも、まずは医療従事者を対象とし、6月中ごろまでには全ての国民に広げていく計画となっています。
副作用の不安はあるものの、自分を守り他人も守りながらパンデミックを終息させ、社会がコロナ禍から抜け出す大きな力になるであろうことが期待されるワクチンについて、その概要を解説します。

感染症ワクチンは、18世紀末、英国の医学者であるエドワード・ジェンナーが天然痘のワクチンを開発したのがはじまりであり、その後さまざまな感染症に対して応用されてきました。しかし、インフルエンザワクチンを受けても感染することがあるように、完全に感染・発症を阻止できるものではありませんが、そのリスクを大きく低減することが期待できます。
現在先駆けて使われているワクチンは、英国アストラゼネカ社の新型コロナウイルスの一部のDNAを組み込んだ「ウイルスベクターワクチン」と、米国のファイザー/モデルナ社の「メッセンジャーRNA (mRNA) ワクチン」の二つです。臨床試験での発症予防効果は前者では60-90%、後者は95%であり、これらのワクチン特有の重篤な有害事象は治験段階ではみられていません。
他者への感染予防効果、すなわち集団免疫を獲得できるか否かは今後の結果を待つことになりますが、少なくとも摂取を受けた本人のメリットは明らかと言えそうです。大量製造に数カ月の時間を要する従来の生ワクチン(弱毒化ワクチン)や不活化ワクチンとは違い、毒性の弱い、あるいは、毒性を無くす処理をしたウイルスそのものではなく、ウイルスの遺伝子 (DNAやmRNA) を人工的に作成して使う新しいタイプのワクチンです。遺伝子を送り込むこうしたワクチンが実用化されたのはエボラ出血熱ワクチン (ウイルスベクターワクチン) のみであり、使用実績が極めて少ない遺伝子ワクチンの性急な使用に警鐘を鳴らす研究者がいるのも事実です。

ウイルスベクターワクチン (アデノウイルスベクターDNAワクチン)

癌や様々な疾患の遺伝子治療では、体内の細胞に遺伝子を運ぶベクター (vector ; 運び屋 / 媒介体) として、多くは細胞へ感染する性質のあるウイルスを用いています。増殖能を欠失させ無害化したアデノウイルスやレトロウイルス、レンチウイルス、センダイウイルスなどです。本ワクチンでは、新型コロナウイルス表面のスパイクタンパクを作る遺伝子 (DNA) を人工的に作成し、それをチンパンジーアデノウイルスの遺伝子に組み込み接種します。アデノウイルスは体内の細胞に感染し、そのDNA情報によりスパイクタンパクが作られます。つまり、生きた新型コロナウイルがからだに入ってきたのと同じようにウイルスの目印 (抗原としてのスパイクタンパク) を作り出し、獲得免疫、つまり抗体の形成や免疫細胞の攻撃を誘導するという仕組みです。

mRNAワクチン

スパイクタンパクのDNA情報に基づくmRNAを人工的に作成し、それを脂質ナノ粒子 (脂質できたカプセル状の粒子;リポソーム) の中に封入して安定化させたものです。

感染したウイルスから細胞質内に放出されたDNAは核内に移行し、そのDNA塩基配列情報がmRNAに伝達 (転写) されます。次いで細胞質に戻ったmRNAを設計図として細胞質内のアミノ酸からタンパクが作られます。つまり、タンパクの合成は、核内でDNA → mRNAに転写、次に細胞質内でmRNA → タンパク合成という経路を経るため、細胞質内に直接mRNAを送り込むmRNAワクチンの方がウイルスベクターワクチンよりも効果が高くなったのかもしれません。


核内でのDNA → mRNAへの転写とは逆のmRNA → DNAという逆転写は、レトロウイルスやレンチウイルスなどの逆転写酵素を持つごく一部のウイルスを除き起こらないとされています。しかし、もし万一何らかの要因によりワクチンのアデノウイルスがそれを起こしたら、新型コロナウイルスの遺伝子がからだの細胞に組み込まれ悪影響を及ぼすことになりまねません。また、それが生殖細胞だった場合、次の世代にウイルスの遺伝子が受け継がれてしまうことになります。
しかし、これはアデノウイルスではあり得えないとされており、さらには、誰もが過去に何度も罹った風邪や胃腸炎などのウイルス感染では問題はなかったであろう事実があることから、不要な心配なのかもしれません (コロナウイルスもアデノウイルスも風邪症候群のウイルスの一種です)。
なお、役割を終えたアデノウイルスは免疫細胞により排除されたり、増殖できないため死滅します。また、mRNAについても分子として不安定であるため数日以内に分解し消滅してしまいます。

集団免疫の形成には多くの人のワクチン接種が必要です。自分が受けるワクチンがどういうものなのかを知り、納得の上で受けたいものです。