2022/4/18

[54回] 研修医のエピソード


国家試験に合格して医師になっても、頭でっかちで実務経験のない研修医は先輩医師や看護師さん、薬剤師さん、臨床検査技師、放射線技師さんなどの専門職や事務職の方たちばかりでなく、患者さんからも日々様々なことを学んでいく必要があります。自分のからだが新米さんの研修材料として使われることになる患者さんには大変申し訳なく思いますが、生身の人間に対処する職業である以上やむを得ないこととご容赦いただくほかありません。
医療というとどうしても暗く重々しくなりがちですが、本コラムでは、研修医のちょっとしたほほえましい日常のエピソードをご紹介します。

新人教育:〇〇を呼べ!

「患者さんが急変したとき、まずおまえがやるべきことは何だ。」「はい。心肺蘇生のABCです。AはAir way (気道確保)、BはBreathing (人工呼吸)、CはCirculation (心臓マッサージ) で・・・」「そんな当たり前のこと聞いてるんじゃないよ。何だ。」「えーと・・・・」「大声出して医者と看護婦をたくさん呼ぶんだ。よく覚えとけ!」つまり、なんもできないんだから、せめて役に立つやつをなるべく多く集めるよう大声を出せということ。甲子園でベンチに入れない選手がスタンドで大声出して応援する感じでしょうか。
(注:現在ではBは必須ではなくなりAとCに、看護婦は看護師と呼称されるようになりました。ナースキャップも見られなくなりましたね)。

大学病院の救急当直:ご趣味

深夜、「38歳の男性で腹痛の急患でーす。」とのコールを受け、白衣を着たまま和室の当直室でごろ寝していた私はオーベンとともに救急室に駆けつけたのでした。正確に言うと、まずノイへ (ノイへーレン:ドイツ語で新米のこと) の私がまずもって飛んで行き、ちょっと遅れて風格のある指導医が堂々と顔を出すといった感じです。
「おとといから下っ腹が痛いんですよねー。」おとといからなら、もっと早く昼間に来いよな、と心の中でちょっぴり毒づきながら「それでは、お腹みますのでズボン下げてくださいねー。」そこで私が目にしたのは・・・・ギリ〇〇を隠せるくらいの面積の可愛らしい薄紅色のフリルのついた下着でした。そこに颯爽と登場し横に立ったオーベン先生は、「いつもそのようなご趣味の下着をはかれておられるのですか?」と、真顔で丁寧に言ったのでした。さすがオーベン、的確な問診! 私も、周りにいたナースたちも笑いを堪えるのに必死であったことは言うまでもありません。
ちなみにこの方、どうやら便秘らしいということになり、お望み通り思いっきりカンチョーして差し上げました。風邪気味なので、ついでに風邪薬もくれとのことでありましたが、ここは救急外来であり、夜間外来ではない旨お話しし丁重にお引き取りいただきました。実に印象に残る患者さんでした。今でも同じご趣味なのでしょうか。

初めての当直のアルバイト:ドップラー効果

「今晩時間あるか?」「はい。患者さんみんな落ちついてるので大丈夫そうです。」「そうか。当直のバイトやってみないか? いつも俺が行ってるちっちゃな老人病院なんだけど、寝当直で楽勝だよ。困ったことあったら何時でも電話していいから頼むよ。」研修医のため大学からの月給が雀の涙しかなく、部屋代や生活費の工面に苦慮していた私は月給と同じ当直料に目がくらみ「そ、そうですか。わかりました。」と不安と喜び相半ばの気持ちでお受けしたのでした (むやみに逆らえないということでもありましたが)。
そんなことで、常勤医との引継ぎの19時に間に合うように病院に向かって歩いていると、後ろからピーポーピーポー。ドップラー効果とはまさにこれかと言わんばかりにだんだん大きくなってきました。通り過ぎてくれと念じたものの、願いむなしくその音は私の前でピッタリと止まったのでした。まさにその時病院の門をくぐろうとしていた私は、まるで通りがかりの人のように思わずスルーしてしまったのです。
周りをしばらくウロウロ歩き回った後、意を決して院内に入り遅れたことを謝った私に、ベテランの常勤の先生が実にやさしくおっしゃいました「大学忙しいんでしょ。しょうがないよね。さっき救急車来たんだけど、大丈夫そう。点滴してるから終わったら帰ってもらってもよさそう。宜しくお願いします。」「は、はい。す、すいません。」心の中で手を合わせ深く頭を垂れた私でした。

2回目の当直のアルバイト:練馬救急隊

そろそろ寝ようかと思っていたとき、「救急隊から入電です。」との事務当直からの内線。一気に血圧上昇。「こちら練馬救急隊。54歳男性。23時半過ぎ、居間のソファーでぐったりしているところを奥さんが発見。救急要請がありました。意識レベル200、血圧82の54、プルス120で微弱、酸素飽和度は酸素3リットル吸入で90、下顎呼吸に近い状態です。2分で到着します。宜しくお願いします。ガチャ。」「ちょ、ちょっとまっ・・・」。しかし無情にも電話は切れたのであった。あと2分! 先輩に電話してる暇ない、ヤバイよ、ヤバイよ。
狼狽えているとまた電話のベル。「どう、大丈夫?」なんとドンピシャで先輩のH先生から。「俺だよ、俺。練馬救急隊。ビビった?」。そりゃビビりますよ。
医局慣例の悪しき新米いびりはほんと体によくありません。でも度胸試しにはいいかも? ちなみに、意識レベル (JCS:Japan Coma Scale) 200とは、痛み刺激で手足を動かしたり、顔をしかめる程度のかなり悪い状態 (300が最も悪い昏睡状態)。

数回目の当直のアルバイト:パブロフの犬

当直室のベッドでTVの刑事ドラマを見ながらいつの間にかまどろんでしまっていたとき、突然例のドップラー効果で自分でもびっくりするくらいの勢いで跳ね起きたのであった。どんどんこっちに近づいてくるピーポー、ピーポー!
目覚めて一気に正気に戻った私が目にしたのは・・・・TV画面の中で赤色灯を回しながら勇ましく疾走する例の白い車であった。
場面が変わり、病院のERでジャニーズ系のイケメン先生がテキパキと受け入れの指示をする実にカッコいい雄姿。自分とはどう見ても違うその姿に羨望のまなざしを向けながら、条件反射のパブロフの犬を自分に重ねたのであった。

数回目の当直のアルバイト:人はみかけに・・・

ガタイがよくスキンヘッドがさまになっている怖そうな中年の男。いかにもあっち系の方? 極力刺激しないよう「血圧を測定させていただきますので腕をまくっていただき、少しじっとしていただきます。」敬語の三重奏の実に丁寧なお願いをさせていただきました。すると、「腕に墨入れてんだけどよ、びっくりすんなよ」と。「は、はい、承知いたしました。」内心ちょっとビビりながら、そして好奇心を抱きながら目にした墨は・・・・な、なんと、にっこり微笑む可愛いミッキーマウスの入れ墨。確かに、びっくりしたのでした。
以前、見かけが8割だか9割だかのタイトルの本が話題になりましたが、先入観でみることなく残りの1割、2割かも知れないことを忘れずにいたいものです。これは見かけだけではないですね。