2016/4/21

[21回] 五感


桜、菜の花、チューリップの鮮やかな色彩と香りを目と鼻で楽しみ、雪融けの水のせせらぎの音や小鳥たちのさえずりに耳を傾け、春の訪れを感じる旬の食材を手に取って味わう―四季のなかで視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚の五感が最も活躍するのは春なのではないでしょうか。

こうした五感ばかりでなく、自然も人々も動き出し活発化する春は、いわゆる第六感と言われるものも冴えるのかもしれませんね。仏教の世界では、無意識レベルの心の感覚を第七感、さらに、その根底にある心髄といった感覚を第八感と言うのだそうです。さすがにそこまでいくと「感覚」というよりは「悟りの境地」ですね。

「五感」の順位?


白と黒に優劣 (上下 / 位 / 順位) を付けるとしたら、皆さんはどちらを上位にしますか? 柔道や空手などの武道では黒帯は有段者ですので白よりも黒、勝敗となると白星、黒星ということで白に軍配が挙がります。清廉で純潔の白、強さと権威の黒。人によって、あるいは同じ人でもそのときどきで優先順位が変わってくるのではないでしょうか。

このように、一般的には同列で比べられないものであっても、どう見るかの観点や、どう感じるかによって優劣が決まることになります。キリスト教では五感にも順位があるのだそうです。聖書を読むときに必要な視覚が最も重要な感覚であり、神父さんのお話を聞く聴覚が二番目で、次に嗅覚、味覚と続き、外界との接触に関わる触覚が最下位とのことです。どの感覚も本質的には重要さに差はないのですが、聖書 (キリストの教え) の観点からみると、同列の五感もこのような優劣がつくようです。また、職業の観点からみると、音楽家は聴覚、画家は視覚、料理人は味覚が最優先の感覚ということになるのでしょう。

五感と寿命

視覚の画家は聴覚の音楽家に比べ長命な傾向にあるようです。パブロ・ピカソ92歳、レオナルド・ダ・ビンチ84歳、サルバドール・ダリ84歳、横山大観90歳、葛飾北斎88歳、岡本太郎84歳。一方、モーツァルト35歳、ショパン36歳、チャイコフスキー53歳、ベートーベン56歳。芸術に必要不可欠な「イメージ」は脳を活性化しますが、イメージとは音 (聴覚) ではなく、像 (視覚) であることも関係しているのでしょうか?

奈良時代以降いつの時代においても長命な職業と言われている僧侶は、日々の修行が五感の活性化をもたらしているのでしょう。歴史に残る高僧の寿命をみると、天海107歳は別格としても、親鸞89歳、法然79歳、空海、日蓮はともに60歳であり、当時としては稀にみる長命であったと思われます。こうした高僧の長寿は、第七、八感の悟りの境地の賜物なのかも知れませんね。

補完しあう五感

五感は基本的にはそれぞれ別個に働いてはいるものの、老化による鈍化は別として、病気や怪我などで一部の感覚が損なわれた場合、それを補うように他の感覚が発達していくようです。視力障害の方が聴覚や触覚が敏感なのは、そのハンディを補うためなのでしょう。

発生学では、生きていくための栄養の獲得のために、多くの動物では嗅覚が視覚よりも先に発達していったと考えられています。それは、食べられるものか否かの判断 (危険の回避) のためには、目で見るよりも匂いでの判断のほうが安全、確実で迅速であるとの理由によります。赤ちゃんが匂いで乳首を探し母乳を飲もうとすることや、犬などの動物も嗅覚を働かせてエサを探すことは、視覚よりも嗅覚の発達が先んじていることを物語るものではないでしょうか。危険の回避は生き残っていくためには極めて大切です。小動物や虫たちの驚異的に素早い危険回避の動きは、発達した嗅覚と聴覚に加え、いわゆる第六感も働いているのでしょうか。

「嗅覚」の可能性

また、嗅覚は視覚や聴覚よりも記憶との結びつきが強く、過去のことを呼び起こしやすいようです (プルースト現象)。これは、嗅覚は記憶や好き嫌いに関わっている脳の海馬や扁桃とつながっているためと考えられています。確かに、絵や写真、ビデオよりも歌や音楽、歌や音楽よりも匂いは昔の記憶を呼び起こす力が強いのかも知れないですね。

医療の分野においても嗅覚を利用した方法が注目されつつあります。テスト形式で匂いによる判断力をみて認知機能を評価する試みや、私たち人間よりもはるかに発達した犬の嗅覚を利用して癌や認知症、糖尿病などを補助的に診断する方法が注目されています (探知犬)。今後、警察犬ならぬ探知犬の活躍を期待したいものです。こうしてみると「嗅覚」は他の感覚よりも上位に位置付けしたくなりますね。

芸術の中の五感



芸術の世界でも五感をモチーフにした著名な作品があります。パリで下絵が描かれ、15世紀末に制作されたと推定されている作者不明の六枚のタペストリー (つづれ織り) からなる連作「貴婦人と一角獣」です。若い貴婦人がユニコーン (一角獣) と獅子、侍女を従え、森の小動物や鳥、草花、そして、鏡、オルガン、フランス貴族の紋章が入った旗や盾、皿、小箱、トルコ製のじゅうたんといったものとともに、それぞれが視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を示唆する不思議な構図で描かれています。残る一つは他のものよりも大きく、中央に位置する深い青色のテントに金色で「我が唯一つの望み」と書かれています。その意味するところは謎のままですが、一説には六番目の感覚ではないかと言われています。

五感を活性化する訓練法

私たちの心身活動に密接に関わっている五感。次に示す訓練法で五感を活性化し、自然の中に身を置き、街に出て思いっきり春を感じてみてはいかがでしょうか。どんどん五感が活性化し研ぎ澄まされていけば、あなたも立派な超能力者!?

五感を活性化する訓練法
1. 目を閉じて周りの景色をイメージしてみる (視覚)
2. 夜ベッドに入ったら周りの音を注意して聴いてみる (聴覚)
3. コーヒーの匂いを嗅ぎながら納豆を見る (嗅覚)
4. 目を閉じながら食事をして味わう (味覚、嗅覚)
5. ポケットの中のコインの種類を手の感触で区別してみる (触覚)