2017/5/31

[27回] 食へのリスクヘッジ (リスク回避)  


「ストレス」というと、仕事や学業、人間関係などでみられる精神的な負の刺激と考える方が多いと思いますが、医学的にはそうしたメンタルなものに限らず、様々な身体的な刺激についても「ストレス」と捉えます。食品中の添加物、遺伝子組み換え食材、化学物質、歯の詰め物 (アマルガム)、環境汚染物質、タバコ、電磁波、紫外線、放射線、ブルーライト、抗生物質などの薬剤等、その原因は多種多様です。

ストレスの原因はこうした「いかにも悪そうなもの」ばかりではありません。身体をつくり、身体を動かすために必要不可欠な食の領域においては、一般的にはとくに問題視されないものや、体に良いと言われているものでも、良くない側面を併せ持っている可能性があります。また、摂り方によっては強いストレスになってしまうことにもなりかねないことにも留意する必要があります。

そう考えると、身体に良いからといって毎日同じものをせっせと摂り続けることに不安を感じざるを得ません。食のリスクヘッジ (リスクの回避) を考慮して、明らかに良くないと思われる食品・食材は極力避けつつ、パターン化せずに日々メニューを少しずつ変えて、いろいろなものを「ほどよく」食べる食生活が望ましいと言えそうです。


私たちは常に様々なストレスに曝されおり、それが蓄積されるにつれ体中の組織・臓器に変調が起こっていきますが、副腎から分泌されるステロイドホルモン (コルチゾール) が体調を保持すべく各方面で働いているのです。つまり、ストレスで起こる変調が火事 (炎症) なら、コルチゾールは火消し (抗炎症) に例えることができます。このような各種身体ストレスで弱いながらも少しずつ静かに燃え広がっていく炎症は、がんや様々な生活習慣病に密接にかかわっているばかりでなく、老化を病的に加速させてしまうため、可能な限り回避していくことが大切です。

コルチゾールの稼働率が高い状態が続くと副腎が疲弊していくことから、米国では病気の治療とともに副腎のマネジメントも行うのが一般的になっています。残念ながらわが国では、副腎疲労症候群 (Adrenal fatigue syndrome ; AFS) の認知度は医療従事者においても低く、副腎のケアを考えることはほとんどありません。いろいろ検査をしても体調不良の原因がわからず困っている人は、副腎疲労とその主原因となるストレスについて調べてみるといいでしょう。心身のストレスは副腎疲労をもたらし、副腎疲労は体調不良や病気を招くことから、その流れを断ち切る必要があります。最も確実で効果的なのは最初の段階のストレス対策であり、なかでも食生活のストレス回避が重要です。


食事からのストレスでとくに重要なのは、小腸粘膜のダメージ (炎症) を引き起こすことです。その原因は様々ありますが、とくに問題視されているのが小麦のグルテンと、乳製品や卵などのカゼインであり、これらの習慣的摂取は小腸粘膜の構造に乱れと破綻を生じさせることが少なくないと考えられています。

そうなると、正常粘膜であればアミノ酸にまで細かく分解された状態でなければ吸収されないタンパクが体内に入ってしまい、異種タンパクとしてアレルギーを起こしてしまいかねません。また、本来は便とともに排泄されるべき有害物質や不純物が体内に入ってしまい、体調不良や病気を誘発してしまうことになります (リーキーガット症候群 ; 腸管壁浸漏症候群 / 腸漏れ)。さらには、大腸でしかみられない細菌が増えるなど、小腸の細菌バランスが変化することも問題です (Small Intestine Bacterial Overgrowth : CIBO)。


男子テニス界のスパースターバラク・ジョコビッチは、慢性的な疲労などの体調不良がグルテンによる小腸障害を背景としたものであることがわかり、徹底したグルテンフリーの食生活に変えることにより、アンディー・マレーとともに世界の双璧をなすまでになったことは、彼のエピソードとしてよく取り上げられています。様々な体調不良の主原因の一つがグルテンやカゼインである可能性があり、リーキーガット症候群とまでは言えない初期段階のものまでを含めると、該当する方は少なくないと考えられます。グルテンはパン、パスタ、ピザ、シリアル、ケーキ、クッキー、うどん、ラーメン、揚げものの皮や衣など、カゼインは乳製品や卵を使った食品に含まれています。つまり、洋食や甘いものが好きな方、ファーストフードをよく食べる方はとくに注意が必要です。

グルテンやカゼインばかりでなく、水以外の全てがアレルギーの原因になる可能性があるため、フードアレルギー検査 (遅延型 / 潜在型) で今の自分の状態を知ることが望ましいと考えられます。しかし、一般的な即時型アレルギー検査ではないためごく一部の専門医療機関に限られてしまい、なかなか受けることができないのが現状です。そのため、小腸障害があると仮定して、まずは違和感を感じる食材とグルテン、カゼインを極力回避して体調の変化をみていくといいでしょう。

あなたが悩んでいる不快な症状は、薬を使わずに食習慣を変えるだけでみるみる良くなっていくかもしれません。また、これを機に、食習慣だけではなく、生活習慣全体のリスクヘッジを考慮し実行に移せば、効果はより確実になっていくことでしょう。

 

23歳、男性、N.T.さんのケース :
・大学卒業後に就いた仕事が時間的に不規則で多忙であり、人間関係も良くない状況が続いたため、次第に体調不良に陥っていった (倦怠感、頭痛、食欲低下、目の疲れ、不眠、イライラ、憂うつ、意欲の低下、達成感が得られない、幸せと感じない、朝起きられないなど)。
・多種多様な全身的症状と、ここに至るまでの経過、さらには、副腎疲労の専門的問診結果などから副腎疲労症候群が疑われた。
栄養解析検査では、タンパク質、ビタミンB群、ビタミンC、亜鉛、マグネシウムなどの不足がみられており、仕事上の過度な心身ストレスを背景として、乱れた食生活や、小麦、乳製品、卵、糖質の多い食事により引き起こされたリーキーガット症候群が副腎疲労を誘発した可能性が考えられた。
・看護師である母親の協力のもと、栄養解析検査結果に基づく食事に変え、グルテン、カゼイン、糖質制限についてもできる範囲で続けていった。あわせて、サプリメントとして、マルチビタミン・ミネラル、乳酸菌、fish oilも用いた。
・薬物治療は一切受けなかった。
・転職による生活環境の改善と徹底した食生活により、ときに小麦を含む食品を食べると体調を崩すことはあったが、次第に改善していった。半年後には、当初みられていた症状はほぼ消失し、学生時代のころの元気さを取り戻した。
・副腎疲労問診スコアも11/30→1/30と著明に低下し、栄養解析検査も改善した。