2017/10/27
[29回] 栄養状態を血液データで知る「分子整合栄養医学」
日本全国が上昇気流に乗り活気に満ちていた昭和の高度成長の時代、子供はすくすく元気に育つために、大人は元気でバリバリ仕事や家事をこなすために「栄養をつける」ことが必要とされていました。しかし、飽食の時代を迎えて久しい現代においては、生活習慣病が問題化しダイエット志向が高まるにつれ「栄養をつける」よりも、朝食を抜いたりカロリーを過度に気にするなどで、むしろ「栄養を控える」傾向にあります。実際、朝食の欠食率は年々増加し、2015年の国民健康栄養調査では成人男性は14.3%、女性 は10.1%であり、とくに20代の若者の欠食率が高いことが問題視されています。
食品売り場をみると、形が整い彩り鮮やかな野菜や果物が自らをアピールするように並んでいます。汚染のない大地で人糞を肥料とし、雨風に叩かれて力強く育った旬の作物には栄養素が豊富に含まれていました。作物の姿・形のみならず、栄養よりもおいしさ (主に糖度の増加) を追求したり、人工肥料や温室栽培などで旬以外の季節でもフルシーズン手に入るようになったことなどから、とくにビタミンやミネラルは以前と比べその含有量はかなり少なくなっていると言われています。
一方で、栄養素の内容に目を向ける栄養素重視の農作物を作ろうという機運も高まってはいますが、手間暇がかかり、コストや流通の問題などで消費者がいつでもどこでも手に入れる状況にはなっていません。また、栄養素の含有量が十分とは言いがたく偏りのあるファーストフードや加工食品をよく食べる人ほど、意識的に栄養をセーブしていなくても栄養不足になるばかりでなく、添加物などの余計なものも体に入れてしまうことになるのです。
一般の医療現場においては、治療行為の主役は薬であり、栄養療法は病気の予防や改善をサポートする脇役に甘んじていることが多いようです。しかし、私たちの体は食べたものにより作られ機能しているという当たり前の事実に立ち返ってみると、栄養以外の何物も主役にはなりえないと言えるのではないでしょうか。
日々の食事を見直し、必要に応じて質の良い健康食品を上手に使って栄養を整えていくと、本来の自然治癒力が高まり恒常性が安定化していくため、病気の進展を抑えたり、予防したりすることに少なからずつながっていくはずです。がんの食事療法については古くからいろいろ提案されてきているなかで、近年主流になりつつあるケトン食 (強度の糖質制限食) などの食事療法についても、病状に応じて可能な範囲で抗がん剤治療などと共に実践することが望ましいと思われます。つまり食事療法は、がんはもとより、どんな病気や体調不良の対処法の主役と言っても過言ではないということを私たちはもっと意識し、実践する必要があるのではないでしょうか。
分子整合栄養医学 (Ortho Molecular Nutritional Medicine) は、ノーベル賞を二度 (化学賞と平和賞) も受賞した米国の生化学者ライナス・ボーリング博士と、カナダの精神科医エイブラム・ホッファー博士により提唱されました。ボーリング博士はビタミンC研究の旗頭であり、ホッファー博士は精神疾患に対するビタミン療法に取り組むなかでこの栄養学にたどり着いたのです。
私たちの体は60兆個の細胞の塊であり、それは分子=栄養素で構成されています。生体の基本単位である細胞を分子のレベルで捉え、至適量の栄養素を用いて体組成を整え、抗酸化、抗糖化、免疫や代謝機能などの正常化を促すことで生体恒常性を最適化する栄養学です。抗加齢医学 (アンチエイジング医学) は0ptimal Health (最適の健康) を目指すものであることから、分子整合栄養医学はまさにアンチエイジングのための栄養医学に他ならないと言えるでしょう。
どの栄養素がどれくらい不足しているのかが分からなければ整合はできませんが、それは健康診断や人間ドックで調べる血液検査で簡単に推定することができます。一般的には、正常範囲が設定されていて、その範囲内であれば問題なし (病気はない) と判断されます。一方分子整合栄養医学解析では、正常範囲に入っているか否かで判断するのではなく、それぞれの測定値がどれくらいなのかを知ることにより、それにリンクした栄養素の不足や、代謝障害、酸化ストレス (さびつきの度合い) や抗酸化力、免疫機能やストレス、腸内環境などの生体内の状況を推定することが可能なのです。
以下に筆者が考える判断基準を示します (これらは、あくまでも推定するための大まかな基準であり、分子整合栄養医学解析を実践する医療従事者の経験や考え方により多少の違いがあります)。
タンパク質不足
・TP (総蛋白) < 7.0
・Ch-E (コリンエステラーゼ) 低値
・alb (アルブミン) < 4.0
・CPK低値
・TC (総コレステロール) < 180
・crea (クレアチニン) 低値
・UA (尿酸) < 5
・Fe (鉄) 低値
・BUN (尿素窒素) < 12
・アミラーゼ 低値
・γ-GTP < 20 – 25
ビタミン・ミネラル不足
・AST (GOT) < 20 : ビタミンB6
・ALT (GPT) < 20 : ビタミンB6
・ALP <170 : Zn (亜鉛)、Mg (マグネシウム)
・LDH < 150 : ナイアシン (ビタミンンB3)
・MCV > 97 : ビタミンB12、葉酸
・K (カリウム) < 4 ; 全体的なミネラル不足
炎症あり (急性 / 慢性)
・CRP > 0.05
・A / G (アルブミン・グロブリン比) < 1.8
・PLT (血小板) 高値
・フェリチン高値
・Cu (銅) 高値
※ Cu : Zn = 1 : 1のバランスが大きくCu側に高くなっている
交感神経緊張状態 (ストレスが強い状態)
・血液像 (白血球分画) のなかでNeutro (好中球) % > 60 – 65
・ペプシノーゲンⅠ < 40
・ペプシノーゲンⅠ/Ⅱ < 3
・アミラーゼ 低値
免疫力低下
・血液像 (白血球分画) のなかで、Neutro (好中球 %) / Lymph (リンパ球 %) > 2
血液濃縮 / 脱水 (ドロドロ血)
・Hb (ヘモグロビン) > 15.0
・Ht (ヘマトクリット) > 40
・TP (総タンパク) > 7.8
・BUN (尿素窒素) > 20
細胞膜の障害 (ビタミンE不足)
・ID-Bil (間接ビリルビン) > 0.5
・K (カリウム) 高値
摂取カロリー不足 / 腸内環境の乱れ
・TG (中性脂肪) 低値