2018/5/28

[32回] 忘却の彼方に「認知症」


「君の名は」・・・と言えば、2016年に公開された新海 誠監督の平成のメガヒットアニメを思い浮かべるのは若い人。一方、シニアの方は NHK ラジオドラマ (1952 – 54年) や、佐田啓二、岸 恵子主演の昭和の伝説的映画 (1953、54年) を想起するのではないでしょうか。前者は「聖地巡礼 (ドラマに出てくる所を巡る旅)」が同年の流行語でトップ 10 入りし、後者は「真知子巻き (主演の岸 恵子こと氏家真知子が巻いていたストール)」が当時の女性の間で大流行しました。こうした社会現象を巻き起こすほど、両者は多くの人々の心に強いインパクトを与えたということなのでしょう。年を重ねていくと昔のことはよく覚えている反面、最近のことは忘れてしまい、少し前に会った人でも「君の名は?」と名前が出て来ず、記憶の引き出しをあわてて探すことはよくあることです。

こうしたもの忘ればかりでなく、認知や認識力、理解力、判断力などの高次脳機能の低下が病的に進んだ状態の「認知症」は、急速に進む高齢化社会や生活習慣病の増加を背景としてその患者数は増えています。今や、医療的にも社会的にも大きな問題としてその対処法の整備が急務となっています。

アルツハイマー型認知症

「君の名は」のような社会現象にも関心や感動がなくなり、もの事や他人を忘れるばかりでなく、自分自身をも忘れていく忘却の病気「認知症」。よく耳にするアルツハイマーは認知症の代表格であり、患者全体のおよそ 60%を占めています。その他に、生活習慣の影響が強い脳血管性認知症や、症状の出方に波があり、手の震え、緩慢な動作などのパーキンソン様症状や幻視が特徴的なレビー小体型認知症など、いくつかの病型に分類されています。

アルツハイマー型認知症は、発症の数年前から始まっているとされる海馬 (記憶の中枢) の萎縮が特徴的で 、次第に大脳全体へと広がっていきます。 そのため、初期症状はもの忘れが主体です。若い人でもみられるもの忘れと違い、なかなか思い出せないのではなく、すっぽりとその記憶自体が抜け落ちてしまうのです。例えば、一昨日の夕食のメニューが思い出せないのは問題のないもの忘れ、食べたこと自体を忘れてしまうのが病的なもの忘れです。ですから、重症化するとさっき朝ご飯を食べたのに、まだ食べてないと言い出すことになってしまうのです。 また、時間や場所がわからなくなる、判断力や理解力が低下する、関心や感動、意欲がなくなっていく、不安感や猜疑心が強くなるといった症状のほか、人格・性格の変化が少なからずみられるようになります。

年齢とともに加速する「糖化」

老化や病気の重要なリスク因子として、酸化 (さびつき) とともに糖化 (こげつき) が近年問題視されてきています。糖化とは体のタンパク質と糖分が結合して体温で温められることによる反応で、その結果、糖化タンパク (AGE ; 最終糖化生成物) が蓄積して内臓や組織の質的・機能的劣化をもたらすものです。糖化は血糖値が高いほど、また、高い状態が長く続くほど進んでしまいます。つまり、AGEの生成量は血糖値×接触時間であることから糖尿病患者は糖化が強く、トシを重ねることによっても進んでしまうことになります。私たちは食事を摂らないわけにはいかないことから糖化は避けられず、その程度が強いほど老化は加速し、認知症や脳卒中、心筋梗塞、白内障、骨粗しょう症など全身の様々な病気を招いてしまうことになるのです。

アルツハイマー型認知症患者の脳内に蓄積しているAGEの量は、健常者のおよそ 3倍もあるとの研究報告があります。また、患者の脳内にみられる特徴的なアミロイドβタンパクには、多くのAGEが含まれていることも確認されています。こうした事実から、糖尿病患者は認知症の発症リスクが高いというのは当然と言えるでしょう。体がさびないようにする酸化対策を実践すると共に、糖化についても真剣に考える必要があります。血糖値を上げ過ぎない食生活や上がった血糖をエネルギーに変換して消費する身体活動は、アルツハイマーばかりでなく様々な病気の発症や進展予防、そして、アンチエイジングにも大きく寄与することになるでしょう。糖化状況 (糖化年齢) は、コンパクトな AGE 測定機の上に腕や指をのせるだけで簡単に測定することができます。保険適応ではありませんが、全国の一部の医療施設で受けられますので、心配な方は調べてみてはいかがでしょうか 。

脳への刺激で認知症を防ぐ!

認知症の発症や進展に食生活の影響が極めて大きいことは疑いようがありません。さらに、社会との繋がり(つまり社会性、そして、役割や責任を少しでも持ち続けることや、対応可能な程度のストレス(人生のスパイス)があることもまた重要です。定年退職後に急速に老け込んでしまっているお父さんは、これらがいきなり激減するか、なくなってしまっているのでしょう。このままでは認知症へのゴールへまっしぐらに進んでいくことになりかねません。

米国の修道尼を対象とした追跡調査で、脳に高度のアルツハイマーの病変がみられても発症に至っていない人が 8% もあったそうです。この結果から、規則正しい生活と、役割、責任、使命感といった要素が歯止めをかけたのではないかと考えることができます。わが国においても、奈良時代以降いつの時代も僧侶が長寿な職業第一位であることはうなずけますね。また、高学歴の人や趣味のある人はアルツハイマー型認知症の発症年齢が遅れる傾向にあることから、いくつになっても脳を刺激し続けたいものです。動脈硬化に起因する脳血管性認知症はもとより、レビー小体型認知症についても生活習慣の適正化は発症や進展を少なからず抑えてくれるはずです。体の司令塔である脳が守られていれば、車のエンジンがまだ壊れていないのと同様に廃車( 認知症廃用症候群を回避したり、それまでの時間を稼ぐことができるでしょう。

認知症診断検査

以下に、認知症診断のための検査と、発症や進展予防効果が期待できる医薬品、機能性栄養食品 (サプリメント) をご紹介します。

[検査]
・MCIスクリーニング検査 (軽度認知障害スクリーニング検査)
アルツハイマー型認知症の原因物質であるアミロイドβタンパクの蓄積を抑える 3種の物質を調べる血液検査。

・APO遺伝子型検査
遺伝子的なリスクを調べる血液検査。

・ミアテスト
病気になった細胞から血中に出て来る粒子に含まれる遺伝子 (マイクロ RNA) を調べる血液検査。

・脳MRI検査
MRI画像を、VSRAD (Voxel Based Specific Regional Analysis System) と呼ばれる早期アルツハイマー型認知症診断支援ソフトを用いて脳の萎縮状況を調べる。

認知症予防医薬品・サプリメント

[予防 / 治療]

・アリセプト、レミニール、メマリー、イクセロンパッチ
認知症に保険適応の医薬品。

・プレタール
抗血栓作用や血流増加作用により、脳卒中や閉塞性動脈硬化症に保険適応になっている医薬品。
認知症には適応外であるが効果が認められる (常用量の 1/2で使うことが多い。

・フェルラ酸
米ぬかなどのイネ科の植物の細胞壁などに多く含まれる成分 (ポリフェノール)。強い抗酸化作用があり、食品添加物として認められている。
脳の神経細胞死を招くリン酸化したタウタンパクの蓄積量を減らす作用がある。
→ 脳細胞の機能低下や死滅を防ぐ。

・ガーデンアンゼリカ
セリ科の植物。北欧、東欧、ロシア中部、グリーンランドの湿地やフランス北東部の山地に自生しており、古くから魔よけや様々な病気を癒すと信じられ「天使のハーブ」と言われている。神経伝達物質を守る (アセチルコリン分解酵素を抑制する)クマリン酸が含まれている。抗認知症効果のみならず様々な病気から体を守る働きがある。
フェルラ酸との併用が認知症に効果的との研究報告あり。
→ 脳神経のネットワークを守る。

・イチョウ葉エキス
中国原産の落葉高木。強い抗酸化作用、血小板凝集抑制作用による抗血栓効果、神経伝達を整える効果などが知られている。
→ 脳細胞の機能低下や死滅を防ぐ。
脳血流を確保する。
脳神経のネットワークを整える。

・MCTオイル (中鎖脂肪酸オイル)
ココナッツなどに多く含まれる脂質。中鎖脂肪酸から大量のケトン体が生成される。脳はグルコースだけではなく脂質由来のケトン体もエネルギー源として使えるため、グルコースを上手く使えなくなっているアルツハイマー型認知症では主要なエネルギー供給源となる。
→ 脳細胞にエネルギーを供給する。

・EPA / DHA
特に青魚に多く含まれているオメガ3系の不飽和脂肪酸。EPAは血栓予防、血中脂質低下作用などがある。DHAは神経成長因子産生作用があることや、アルツハイマー型認知症では 海馬の萎縮により DHA量が減少していることから、その補充により活性度を取り戻す効果が期待できる (脳のおよそ 1/2はDHAが主体のアブラである)。島根大学とマルハニチロとの共同研究では、DHAの認知症予防効果が確認されている。厚労省推奨量 : EPAとDHAを合わせて 1日1000g 程度 (マグロ刺身 2 – 3切れ、カツオ刺身 100g、サバ水煮缶 80g程度)
→ 脳血流を確保する。
脳細胞が必要なDHA そのものを補充する。

・抗糖化物質
各種ハーブ、お茶類など
→ 脳細胞の機能低下や死滅を防ぐ。

・抗酸化物質
各種ポリフェノール、フィトケミカル、ビタミンC、E、コエンザイムQ10など
→ 脳細胞の機能低下や死滅を防ぐ。

忘却の先にあるものは?

忘却はより良き前進を生む (ニーチェ)
名声の後には忘却あるのみ (古代ローマ帝国皇帝マルクス・アウレリウス)
→確かにその通りですね。

忘却とは忘れ去ることなり 忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ
→これは冒頭でも触れた NHK ラジオドラマ「君の名は」の有名なナレーションです。午後8時からの放送時間帯は女湯ががら 空きになったとのエピソードは有名です。

恋愛においては相手を忘れたくても忘れられないのは確かにつらいことですが、認知症においては忘れるのは困りますね。
忘却の先 (後) には何が待っているのでしょか。
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