2018/7/23

[33回] DNAの赤い糸


「蛙の子は蛙」と言うように、全く違うタイプに見える親子でも、子はどこかしら親に似ているものです。人の宿命として、表面的にはどうであれ潜在的には血は争えず、血筋は父方母型双方が混ざり合って確実に子孫へと受け継がれていくのです。血筋を決定づけるのは親からもらった遺伝子であり、その遺伝情報はからだをつくる設計図として働きます。つまり、姿形や知性、性質、体質 (代謝力、免疫力、運動能力、抗酸化力、アレルギー素因、肥満素因など)、そして、病気の発症リスクや老化、寿命等々、遺伝子の働きにより父母双方の血筋が色濃くからだに刻み込まれ、表現されることになります。

乳がんに関与するBRCA1、BRCA2遺伝子はその変異がある場合、40 ~ 80%の確率で発症するためリスクは極めて高いと言えます。ハイリスクなのであれば発症する前に切除するという選択肢もあるとはいえ、米国の女優アンジェリーナ・ジョリーが予防的切除をしたことは、当時大きな驚きをもって世界に伝えられました。彼女のような思い切った決断はなかなかできるものではなく、保険適応外の手術のため経済的にも大きな負担がかかることから、多くの方は定期的に検査を受けるにしても、不安を抱えながら生きていくことになるのではないでしょうか。

がんの遺伝子検査はリスクをみるものであって診断するものではないと分かってはいても、もしハイリスクとなった場合は悩ましいことこの上ないため、がんや難病の遺伝子検査については否定的にみる医療関係者も少なくありません。受ける側としても十分に考える必要があるでしょう。肥満関連遺伝子として、UCP1 (脂肪を燃焼する働きを弱める)、β2AR (脂肪を分解するアドレナリンの働きを弱める)、FTO (食後の満腹感を弱める) などがあり、こうした遺伝子がある場合、UCP1 やβ2AR ではL-カルニチンやコエンザイムQ10、ビタミンB6 などの十分な摂取と有酸素運動を、FTO では糖質制限や低GI 食が推奨されることになります。このような生活習慣に関係する遺伝子検査の場合は、がんの遺伝子検査と違ってそれに対処するための行動変容を起こす大きな力になるため、検査してみる価値はあるでしょう。


私たちのからだを構成する60兆個もの細胞の核内には、親から半分ずつ受け継いだ46本 (23対) の染色体があり、それは、二重螺旋のDNA (deoxyribonucleic acid ; デオキシリボ核酸) がヒストンというタンパク質に巻き付いた構造になっています。遺伝子はアデニン (A)、グアニン (G)、シトシン (C)、チミン (T) という4 つの塩基の繋がりにより構成されており、遺伝子ごとにその配列を異にして糸状のDNAの所々に存在しています。22,000個にものぼる全ての遺伝子の情報をゲノムと呼んでいますが、ヒト間では99.9%、ヒトとサルの間でも98%以上同じ遺伝情報を持っているのです。つまり、遺伝子での個人差はわずか0.1%、サルとの差も2%もなく、このごくわずかの差が表現として大きな違いを生み出しているというのは驚きですね。

染色体は2本 (1対) の性染色体と44本 (22対) の常染色体があり、後者は大きい順に1 ~ 22の番号が付与されています。地球上の全ての生物は、細菌やウイルスなどの外敵に打ち勝つ力のある種が生き残り進化を遂げてきました (種の保存)。免疫の発動によりその役割を担ってきたのが第6染色体短腕のDNAにあるHLA (Human Leukocyte Antigen ; ヒト白血球抗原) という遺伝子です。HLA遺伝子は臓器移植研究が進む中で、移植の成否を決定づける遺伝子として発見されました。HLAには数多くの型 (ハロタイプ) があり、その中から移植された細胞に対して免疫反応 (拒絶反応) が強くは起こらないHLAのタイプを持つドナーを見つけなければならないことが移植医療の最大のネックになっています。ちなみに、両親の血筋を受け継いだ兄弟姉妹間での一致率は1/4ですが、他人間ではその率は極めて低いことになります。


HLA は免疫に関与するばかりでなく、様々な疾患のリスク因子としても注目されています。難病 (特定疾患) の中でHLA と相関する疾患をみると、重症筋無力症とHLA-DR9が相対危険度16.4 (16.4倍のリスク)、自己免疫性肝炎とHLA-DR4が12.8、クローン病とHLA-DR53が9.6、潰瘍性大腸炎とHLA-B52が7.6など、多くの難病が様々なHLAと関係しているようです。また、HLAは薬剤の効果や副作用、さらには、記憶との関連など多岐にわたる役割を演じていることもわかってきていますが、その中でとくに興味深いのは、まるでフェロモンのような異性間の相性への関与ではないでしょうか。

マウスは尿の匂いで好きな相手や嫌いな相手を選別しているとのことであり、私たち人間においても体臭や汗の匂いが同様の働きをしているのではないかと考えられています。これは、男性よりも女性でよりその傾向が強いようです。一目ぼれやどうしようもなく惹かれるというのは、HLAのタイプが相性としてぴったり合ってる8HLAのハロタイプとしては逆に異なっている) ためかも知れませんね。そうであればHLAはまさに運命の赤い糸を持つ恋愛遺伝子と言ってもいいでしょう。もしかしたら、HLA遺伝子がある第6染色体の糸状のDNAは赤い色をしているのかも??

全遺伝子の膨大な数の塩基配列を高速かつ高感度で解析可能な装置である次世代シークエンサー (Next Generation Sequencer) の登場により遺伝子研究は進歩を遂げ、その研究成果は医学領域のみならず様々な領域で実用化されつつあります。がんや難病に対する診断や治療をはじめとして、ライフスタイルの向き不向きをみたり、最も適しているスポーツを選別したり、前述したHLAの相性適合を利用したパートナーマッチングなど、遺伝子はビジネスの世界においても注目の的のようです。双生児の研究により、病気や老化の原因として遺伝子の関与は25%、残りの75%は生活習慣と環境要因であることがわかっています。遺伝子自体は変えることはできませんが、遺伝子のスイッチのON、OFFはライフスタイルの影響を少なからず受けることから、たとえ好ましくない遺伝子を持っているとしても、その影響を低下させることができるかも知れないのです。医療機関にかからなくてもインターネットなどで遺伝子検査が受けられるようになってきています。興味があれば自分の遺伝情報を把握し、その上で今一度、食生活をはじめとしたライフスタイルを見直してみるのもいいでしょう。