2019/2/19

[36回] 心を整える


プロローグ・・・・
「先生、出番で~す」 大泉 洋のご案内でなぜかピッチに立つことになった私は、パス回しに加わりながら敵のゴールに向かって疾走していった。右サイドの大泉からのセンタリングが中央に走り込んだ私の顔の前を過ぎようとした。その瞬間、私はメッシの姿を自分に重ねながら華麗な (加齢な?) 横っ飛びでシュート‼

しかし、巨大な壁のようなデフェンダーに阻まれた⁉ ―ように感じたのは・・・確かにその通りであった。私はホテルのベッド脇の本物の壁を、夢のシーンと同様に思いっきり蹴っていたのである。これは、ロシアワールドカップたけなわの2018年7月3日、FIFAランキング3位の優勝候補ベルギーをサムライブルーの戦士たちが敗戦寸前にまで追い込んだ試合の数日後のことです。さぞや隣の部屋で寝ていた方はビックリされたのではないでしょうか。

ところで、夢の中に日本代表の選手ではなく、大泉 洋氏が登場したのは、私も道民 (札幌市) であり、彼のファンであるためなのでしょうか? また、「先生、出番です」というのは、医師である私の立場を考えれば医務室での出番なのに、どうして選手なのでしょう? 潜在的な憧れが夢の中にそうしたスト-リーを作り上げたのでしょうか。夢っておもしろいですね。


2011年に刊行された元サッカー日本代表チームのキャプテン長谷部 誠選手の著書は、本大会の盛り上がりと代表引退声明を機に、改めて注目されることになりました。彼は南アフリカ大会の開幕直前、多くの先輩選手がいる中で岡田監督から26歳の若さでキャプテンに指名されました。以来、歴代監督や選手たちからの信頼厚く、8年の長きにわたりチームをまとめてきました。

本稿では、そんな長谷部選手の生き方、考え方が綴られたベストセラーの一冊「心を整える。勝利をたぐり寄せるための56の習慣」の中から、私がとくに賛同したところをご紹介します。

偏見を持たず、まず好きになってみる

「自分の価値観と合わない人だと、人間はついつい悪いところばかり目についてしまうけれど、いいところを探して、とにかく一度、信頼してみる。こっちが好意をもって話しかけたら、きっと相手も好意をもってくれると思う。逆に嫌いだと思っていたら、そのニュアンスは相手に伝わってしまう。あまりに失礼なことがあったら距離を置けばいい。ただ、最初から食わず嫌いで近づかないと、自分自身が損をしてしまう。」

変化に対応する

「正解はひとつではない。僕は何に対しても、固定観念にとらわれないように注意している。正解を決めつけてしまうと、自分が知らない物の見方や価値観に対して、臆病になってしまう可能性がある。正解はそのときどきに応じて変わるものだと考えるようにしている。考えは生き物。常に変化していい。」

ジョン・レノンのMind Games (1973年リリース) というアルバムの中に、次のような歌詞があります (サビの部分)。
Yes is the answer and you know that for sure
Yes is surrender,you go to let it,you got to let it go
(心を開いて「Yes」と言ってごらん。全て肯定してみると答えが見つかるもんだよ – 名訳です。彼の奥様のオノ・ヨーコさんの訳でしょうか)

どんな嫌な人や、不愉快なこと、自分の考えに合わないことでも、まずは受け止めてみる。そして少しでも容認できる部分があればそれを受け入れ、気持ちを切り替えてみる。受け止めるのと受け入れるのとは違う。門前払いで否定するだけでは何も変わらず、道は拓けない – といった解釈になるのでしょうか (少々盛り過ぎ?)。心の扉に鍵は必要ではなく、たとえどんな状況にあっても扉を開いて心に問いかけてみるという勇気を持とう – 彼らのメッセージからそんな思いが伝わってきます。

一休さんも次のように言っています。「踏み出せばその一歩が道になる。行けばわかる」 確かに、行かなければ何もわかりませんね。

組織の穴を埋める

「自分には一目でわかるような突出した武器がない。だからこそレベルの高いチームで生き残り、先発メンバーに名を連ねるためには、何か人と違うストロングポイントを示さなければならない。僕にとってのそれは、組織に足りないものを補うことだ。すぐに評価を上げようと思ったら、目立つプレーをした方が手っ取り早い。焦らず我慢して継続すれば、いつか組織の成功と自分の成功が一致する。それを目指しているのであれば、組織のために自分のプレーを変えることは自分を殺すことではなくなる。」

私たち「人間」は一人では何もできないし生きてはいけません。家庭という小さな単位から学校や会社、地域、国といった大きな組織・社会の、文字通り人と人との間で相互に影響を及ぼしながら生きています。そこには少なからず溝や穴、隙間が生じてきます。所属する組織や社会の中で自分の立ち位置や役割を分析し、それを埋めるための行動が結果として組織の成功につながれば、表面的には自分を殺しているように見えても、自分ばかりでなく周りの人をも生かすことになります。地味で気苦労が多いかもしれませんが、ブレずに続けていけばそんな行動を見ていて高く評価してくれる人は必ずいるはずです。たとえ言葉にしなくても・・・・。

医学の世界も専門性が進むにつれ各専門領域の間に溝や隙間ができ、そこにはまってもがいている人は少なくないのではないでしょうか。そんな人たちに手を差し伸べる抗加齢医学研究の益々の進展と、その臨床が広がっていくことが望まれます。「メンタルは強くするというよりも、調整、調律するもの (まえがきより)」。みなさんのメンタルは整っていますか? 美しい音を響かせるピアノのように調律されていますか?

「長谷部の車に乗ってるとき、心が整ってねえよなーと思うことがある (笑)」。彼の盟友川島永嗣選手がつぶやくように、堅物のイメージの長谷部氏も、実はほころびが垣間見える人間味のある人のようですね。
※このコラムは日本抗加齢医学会誌 (2018. 12. 1発行) の「100歳まで生きるための本100選」の記事に加筆したものです。