2019/6/25

[38回] 神のみち「神経」


「神の経 (みち)」と書くことから、文字的には神聖な趣のある「神経」。彼は神経質だね、無神経な奴だ、ちょっと神経過敏じゃない、あいつは運動神経ないね、そう神経を尖らせるなよ、それは神経に障るよ・・・などなど、医学用語として以外にも、私たちは日々の会話の中でよく使っています。しかし、こうして列挙してみると、ネガティブなニュアンスで使われることが多く、神聖な言葉にそぐわないようです。

神経には神に相当する中枢神経系 (脳、脊髄) と、そこから枝分かれして身体の末梢部や内臓を結んでいるみち (経) に相当する末梢神経系があり、両者の精緻な連携によって私たちのからだは活かされ守られています。末梢神経系は、ある程度は意思でコントロールできる体性神経と、各臓器ごとに自律してその機能を調節する自律神経に分類されます。前者は中枢と末梢との間で知覚情報や運動指令を伝える役割を担い、後者は交感神経 (活動モード) と副交感神経 (リラックスモード) という拮抗する二つに神経により、全身の内臓の働きを支配しています。

精神的要因が引き起こす痛み

手足の神経痛や腰、膝などの痛みに悩まされている人は多く、こうした症状は、薬や運動、リハビリなどでもなかなかすっきりせず、慢性化したり繰り返したりします。しかし、腰痛患者を調べてみると、およそ8割の人は痛みの程度に見合う腰椎や椎間の異常はみられず、精神的な要因が大きいことが知られるようになってきました。そのため、現在では、治療の一環として心理的なアプローチも試みられるようになりつつあります (参考図書 ;「見ているだけで痛みがとれるすごい写真」河合隆志著、アスコム)。

自律神経については、訓練によりある程度自己コントロールが可能であり、中枢神経系についても、好ましい生活習慣や脳への刺激で、機能面ばかりでなく、加齢に伴う退行性変化を緩やかにしたり、病的な変質を抑えるなど、質的な維持や改善も可能なことがわかっています。また、脳と共に神経系の中枢を担う脊髄の障害についても、再生医療研究の進歩により光が射してきています。

ストレスが痛みにつながることも

誰もが感じる人間関係や仕事上のストレス。一時的なものであればそれを抱えたまま進むことはできますが、ストレスの回避、解消がなされないまま長く引きずっていくと、その時々では対処できるレベルであっても中枢神経系に変調を来たすことになりかねません。

ストレスは慢性化するにつれ痛みなどの知覚を抑制する脳からのシグナルの発信を弱めることから、たとえ弱くても強く感じるようになっていきます。また、脳が良好に機能するために必須の栄養素であるトリプトファンなどのアミノ酸や、鉄分、ビタミンB群などが不足する偏った食生活をしていると、それを助長することになります。こうした慢性ストレスや好ましくない食生活は、不安感が強くなったり、情緒が不安定化したり、うつ状態になるなどのメンタルの変調をも招くことになります。不安感が強くなれば、一旦は良くなってもまた悪くなるのではないかと思ったり、必要以上に痛みが気になるようになるという悪循環に陥ってしまいます。

腰痛などの知覚は、自分の意思である程度はコントロールできる体性神経が伝達していることを考えると、その感覚を受けてどう対処するかは脳次第と言えます。最初は熱過ぎると感じた温泉のお湯も、温度は同じなのにだんだん慣れてくるのは、脳から肌への熱さに対する抑制シグナルの伝達がそうさせているのです。痛みだって同じです。

ですから、「痛みは脳が作り出している」という根本的事実をしっかりと認識し、「本当にそんなに痛いのだろうか?」と自分に問いかけ、痛みの抑制シグナルがしっかり出るように仕向けていくのです。その上で、ストレスの回避・解消と栄養管理、そして、日々の運動やストレッチを地道に続けていけば、腰痛は少なからず軽減していくことでしょう。

なお運動については、コアマッスル (8脊柱起立筋や腸腰筋などのインナーマッスル) を鍛えることが効果的であることが明らかになり、腰痛の予防や治療の有効な方法として推奨されています。

自律神経のバランスを整え痛みを和らげる

よく耳にする自律神経は、心身を活発な状態に導く交感神経と、休息やリラックス状態に導いたり、胃腸の働きを活発にする副交感神経という二つの拮抗する神経からなり、両者がバランスを取りながら (綱引きをするように) 働いています。血管を収縮して血圧を上げる、心拍数を増やして送り出す血液量を増やす、筋肉の収縮を促して動けるようにする、発汗を促すなど、交感神経は主に日中に強く働いています。一方の副交感神経は、その逆ですが、胃腸系の働きについては活発にします。日中に限らず忙しく立ち回っているとき、緊張しているとき、頭を使っているときなどは交換神経が強くなっている状態であり、こうした状況の時間が長く続くほど、心身の疲労とストレスが蓄積され、免疫力も弱くなっていくことになります。

自律神経は自分の意思で自在にコントロールはできませんが、以下にご紹介する「自律訓練法」によりある程度は自分の意思の支配下に置くことができるようになります。また、「スタンフォード式IAP呼吸 (腹圧呼吸)」は自律神経のバランスを整えるばかりでなく、身体の軸が安定して無理のない姿勢を保てるようになることから、腰痛対策としてもお勧めです。交感神経がいつも強すぎて休息ができていないと思う方、腰痛でお悩みの方はぜひお試しください。

スタンフォード式IAP呼吸 (腹圧呼吸)

① 仰向けに寝て、両膝を90度に立てる。
② 息をゆっくり深く吸いながら、お腹をふくらませる (5つ数えながら)
③ お腹は膨らませたまま、ゆっくり息を吐いていく (5つ数えながら)
④ これを1日2回
・リラックスしながら行う
・お腹に手のひらを当てて、腹圧を感じながら息を吸ったり吐いたりする

21世紀の医療を担う再生医療

スポーツで脊髄損傷を負い、首から下が動かなくなり寝たきりになってしまった40代男性。怪我からおよそ1か月半後、彼は「幹細胞」が入った点滴を受けました。驚くことに、翌日には手足の関節が屈伸できるようになり、1週目には自分の足で歩き始め、12週目に入ると普通に歩くことができるようになりました。そして、24週を越えたころには、特技であったピアノ演奏までしてみせたのです! これは、まさに奇跡と言うほかありません。

中枢神経系の障害である脊髄損傷は、損傷部位以下の神経領域の麻痺を起こし、からだの自由が奪われることになります。これまでは失われた神経系の働きを回復する有効な手立てはなく、毎日根気強くリハビリを続け、少しでも動かせるように持っていくしか方法はありませんでした。しかし、21世紀の医療を担う再生医療は、閉塞状態にあった神経系分野においても研究が進み、幹細胞を用いた治療による神経の再生で、車椅子や寝たきりからの復活が期待できるようになりました。

ご紹介した患者さんの奇跡の復活劇を演出したのは、この分野で世界の医学界をリードする札幌医科大学フロンティア医学研究所のチームです。iPS細胞による再生医療研究が注目される一方で、骨髄や臍帯血、脂肪組織、歯髄などの中に含まれる間葉系幹細胞 (MSC : Mesenchymal Stem Cell) を用いた研究も精力的に進められており、札幌医大の研究チームは骨髄液中の幹細胞を用いました。

これら間葉系幹細胞は、iPS細胞同様、神経ばかりでなく体の様々な組織に変わりうる能力 (多分化能) を持っており、血液中に出てきて全身を巡ります。そして、傷ついた所や弱くなった所に集まり再生させていくという性質を持っています。つまり、体内の間葉系幹細胞を採取し、培養で大量に増やして体内に戻すことで、自己治癒力を大きく高めることが期待できるということです。損傷した部位に直接注射しなくてもよく (点滴でよい)、自分の細胞を使っていることから拒絶反応がないことも利点です。こうした間葉系幹細胞を用いた再生医療は、脳梗塞やパーキンソン病、アルツハイマー病、筋委縮性側索硬化症などの中枢神経系疾患のみならず、全身の様々な病気に対しても臨床研究が進められています。

脊髄損傷に対する幹細胞治療は、受傷後の急性期 (1ヶ月以内) 重症患者に対して2019. 2に保険適応になりましたが、現時点では札幌医大病院に限定されています。今後、慢性期の患者への適応拡大とともに、実施する医療機関が増え、医療費負担の軽減が望まれます。

皮下脂肪の中の幹細胞などを用いる同様の治療は、自費診療で可能になっており、札幌医大のチームが用いた骨髄幹細胞治療とともに有力な方法として研究と検証が進められていくことでしょう。また、幹細胞培養の上清液 (上澄み液) には各種成長因子やサイトカインなどが大量に含まれており、それを用いる治療についても幹細胞治療と同様に期待感が高まりつつあります。

今、21世紀医療の中核をなす「再生医療」に注目です!