2021/6/14
[49回] 老化時計を逆回転?-夢の物質NMN
東の果てにあるという桃源郷に不老不死の妙薬を求めた秦の始皇帝。そして、永遠の美貌を切望した古代エジプトプトレマイオス朝最後の女王クレオパトラ。
分子生物学や分子遺伝子学を駆使した医学研究によって老化や寿命という生命現象が解き明かされてくるにつれ、彼らが熱望した不老不死や永遠の美貌は不可能としても、老化を遅らせ若々しく健やかな状態を保つための道筋については見えてきています。
「人間で言えば60歳に当たる生後22ヶ月のマウスに、NMN (ニコチンアミド モノヌクレオチド) を投与しました。すると、細胞の働きが1週間後には生後6か月のマウスに相当する状態にまでなっていたのです。これは、人間で言えば20歳に当たります。つまり、たった1週間で40歳も若返ったのです!」。老化研究の世界的権威、ハーバード大学のデビッド・シンクレア教授は熱く語ります。
そんな老化・寿命に関する研究を大きく発展させたのは、第一人者として著名なワシントン大学の今井眞一郎教授です。彼は、今では長寿遺伝子・抗老化遺伝子として知られるようになったサーチュイン遺伝子により作られるタンパク「サーチュイン」が、NMNから合成されるNAD (ニコチンアミド アデニン ジヌクレオチド) の助けを借りて老化と寿命の制御に極めて重要な役割を果たしていることを解明しました。そして、2000年に権威のある科学誌Natureにその研究論文が掲載され世界的な注目を集めたことが契機となりました。
老化制御物質として期待されるNMNは元々誰もがからだの中に持っている物質であり、母乳 (初乳) や果物、野菜 (枝豆、ブロッコリー、キュウリ、アボカド、トマト等) などにも微量ですが含まれています。体内では、ニコチンアミド (ビタミンB3 / ナイアシン) を材料に作られ、さらにNADに変換されます。
サーチュインは、NADを基質とする酵素として脳の視床下部の神経細胞を活性化することにより、からだの様々な機能の回復効果をもたらします。また、DNAの損傷を修復するという極めて重要な役割も果たしています。さらに、エネルギーを作り出すミトコンドリアを活性化したり、ストレスに対する抵抗性を高めるなど多岐にわたる働きをしていますが、これは、良きパートナーであるNADの協力あってのことなのです。
NMN、NADに関する研究は、動物での基礎的研究や投与実験を踏まえてヒトでの臨床研究が進められています。体内のいろいろな臓器や組織に存在するNADは加齢とともに少なくなっていくことから、当初はNADの補充が試みられていまましたが、細胞内への浸透性が悪く不快な症状の出現がみられることから、現在ではNADの前駆体であるNMNの補充が主流になっています。
ワシントン大学今井教授のグループと慶応大学との共同研究により、第一関門であるヒトへの投与の安全性が確認されました (2020.1プレスリリース)。大阪大学のフレイルに対する効果や日本体育大学の脂質代謝についての研究など、今後世界中の研究者から様々な臨床領域での検証結果が報告されてくるでしょう。心身ともに健康で充実した人生を送るproductive aging (生産的・創造的な加齢) の実現のため、その一助となりうるNMNに期待したいものです。
長寿遺伝子サーチュインは、カロリー制限や適度な運動、赤ワインのブドウに含まれるポリフェノール (レスベラトロール) などでも活性化することがわかっています。
まずはライフスタイルを見直すことから始め、その中で健康食品としてのNMNやレスベラトロールの摂取を考慮するということになるのでしょう。
再び、シンクレア教授。
「NMNにはまだ否定的な面は発見されていません。それどころか、からだの様々な臓器や組織を守る作用があることがわかっています。また、肝臓がんのマウスに投与したところ、がんが消えたこともありました。まるで万能薬のようですが、世界中の研究者が確認している事実なのです。
まさに、NMNは老化時計の針を逆回転させる可能性を秘めた夢の物質と言えるでしょう!」