2021/8/17
[50回] 体内時計
人にはそれぞれ名前があるように、私たちの命の根源である遺伝子にも名前が付けられています。例えば、面白いものではpikachurin、izumo・・・これらはどのような役割を持つ遺伝子なのかは想像しやすいかもしれません。そう、前者は電気信号 (視神経伝達) に関与する遺伝子でポケモンのピカチュウから、後者は精子と卵子の融合に関わる遺伝子で縁結びで有名な出雲大社にちなんで命名されました。また、二刀流の剣豪である宮本武蔵にあやかり名付けられたmusashiは、幹細胞の二分裂指令を出す遺伝子ですが、近年、慶応大学のマウスの研究で膵臓癌の増殖と抗癌剤の耐性に関わっていることが示されたことから、治療への応用が期待されています (二刀流と言えば、武蔵よりも今やプロ野球大リーグの大谷翔平選手の方が有名ですね)。
それではclockは? その名の通り、clockはいわゆる体内時計に関わる最初に発見された時計遺伝子です。さらに、次々と見つかったperiod、cryptochromeなどの時計遺伝子と生命活動との関係が解明されるにつれ、睡眠や栄養、運動などの生活習慣や病気の治療などに役立たせるための取り組みがなされるようになってきています (時間栄養学、時間運動学、時間薬理学など)。なお、時計遺伝子を発見しその仕組みを解明した米国ロックフェラー大学のYoung博士らは、2017年のノーベル医学生理学を受賞しています。
私たちは誰もが一日24時間のサイクルの中に個々のライフスタイルを組み込みながら、時の刻みとともに生活しています。しかし、体内時計は現実の時間の刻みとは同じではなく、一日10~15分ほど長い (歩みが遅い)のです。そのため、毎日どこかのタイミングでリセットし現実の時間と同調させないと、ズレが次第に大きくなって体内リズムが狂い、体調不良を招くことになりかねません。また、夜遅くまで起きていたり、夕食後すぐに床に就くような生活を続けていると体内時計が夜型化や朝型化していき、その生活パターンから外れると体調を崩しやすくなるばかりでなく、とくに夜型では、乳癌などの発癌や糖尿病、うつ病などのさまざまな病気や肥満のリスクが高まることが分かっています。
現実の時間との同調の役割を担っているのは脳の視交叉上核にある中枢体内時計です。朝に浴びる光 (太陽光 / 照明光) の情報が視神経を介して脳に伝わり同調のためのスイッチが入るとされています。こうした同調能は加齢とともに弱まっていき高齢者では若者の半分程度になってしまいます。そのため、とくに中高年になるほど朝の光を強く長くシッカリ浴びることが大切です。睡眠ホルモンのメラトニンも朝の光刺激によりその分泌が止まり、夜の光が乏しい環境で分泌が始まることから、起床時に限らず就寝の際も明暗のメリハリをつけることが望ましいと言えるでしょう。このとき、照明を刺激の少ないレベルに落としたり消したりするとともに、テレビやスマホなどのスイッチもオフにして目への刺激の強いブルーライトを避けることも大切です。
こうした中枢時計とは別に、肝臓や腎臓、皮膚、筋などのからだのさまざまな組織や臓器にはそれぞれ独立して働く末梢時計が存在しています。末梢時計は、例えば食事の時間が毎日規則正しければあらかじめ消化や吸収、代謝のための準備がなされるというように、「食事」が大きく影響し調節されることが知られています。また、ストレスや薬剤なども影響することがわかっています。したがって、内容は良くても時間的に不規則な食生活やストレス、薬剤などは末梢時計を狂わせることになります。さらには連携関係にある中枢時計との間にズレを生じさせることから、体調不良やさまざまな病気を引き起こす要因にもなっていることがわかってきました。
末梢時計の重要な役割の一つに、エネルギー代謝の日内変動 (時間的な切り換え) を作るというのがあります。身体機能を上げていく時間帯である起床後から日中にかけてはエネルギ―をどんどん作って消費し、夕食後からは消費を抑えて蓄積する時間帯に切り換わっていきます。インスリンの効き具合 (インスリン感受性) もそれに伴って変動するため、こうした日内変動に沿う食事の仕方が望ましいと言えます。また、だらだらとメリハリのない食生活を続けていると切り換えが起こりにくくなり、結果として代謝の低下を招くことになってしまいます。
マウス (夜行性) に夜間の活動時間帯にしかエサが食べられないようにしたところ、24時間いつでも食べられる状態のマウスに比べ、摂取カロリー量は同じであるにもかかわらず体重の増加が大きく抑えられたとする研究があります。また、一日の最初の食事から最後の食事までの時間を10時間以内とする生活を16週間続けてもらった臨床研究では、食事内容についてはとくに指導していないにもかかわらず体重は低下し、1年後も変わっていませんでした。さらには、睡眠の質や健康感の向上もみられました。これ以外にも、12時間で同様の効果が示された研究も報告されています。
このとき必要なのは、10-12時間の中で毎日同じ時間に食事を摂ることです。時間が決まっていると、その時間になれば補給されることがからだが分かっているため、エネルギーの節約が起こりにくくなります。つまり、エネルギー確保の本能的な危機感が呼び起こされ、省エネモードに切り換わってエネルギーの原料である脂肪が蓄積されるのを回避するために、毎日同じ時間に食べることも大切なのです。仕事などで夕食が遅くなり昼食との間の時間が長くなるほど食事による血糖上昇が強く起こり、からだに悪影響を及ぼす糖化反応を促してしまうため、夕方に夕食の一部分相当の食事を摂っておくといいでしょう。食事回数は、少ないと食後の血糖上昇が激しくなる一方でその反動として低血糖に近い状態を招いてしまうし、多くなると血糖値のメリハリがなくなっていくため、一日の食事回数は適度な間隔での3回がよさそうです。
以上のことから、日中の活動時間帯の中で毎日同じ時間に朝・昼はシッカリ、夕食は軽めの食事を10-12時間以内に済ませる食生活は、カロリー摂取量自体も減る傾向にあることから、からだに正直な無理のない体重コントロール方法と言えるでしょう。もちろん、間食はなるべくは控えることになります。さらに発展させて、週末のプチファスティング(プチ断食)や月に1-2回の本格的ファスティングを入れるのもお勧めです。
脳の活動も体内時計が関与しています。体内時計が示す起床時からおよそ6時間後がMAX、つまり、例えば朝6時に起きている人は12時頃に脳が最も活発に働くことになります。休日は起床時間が遅くなりがちですが、平日との差が大きくなるほど学業成績が悪くなるという研究や、2時間以上の差があると肥満リスクが倍増するとの研究報告もあることから、休日にだらだらと寝すぎないようにしたいものです。また、記憶についてもサーカディアンリズムがあり、身体活動が活発な時間帯にのみエサを与えたマウスの方が、24時間いつでも食べられる状態のマウスに比べ記憶力が優れていたと報告されています。
有酸素運動については、私たち人間では、エネルギー代謝が活発でインスリンの効きも良い午前から夕方前までに行うのがよさそうです。一方の筋トレについては、骨格の時計遺伝子の活性化状況から夕方が効果的とされています。
体内時計と、食物成分や栄養素との関係についても分かってきています。茶カテキンの食後血糖抑制作用は夕食時に強いこと (→ 夕食後にお茶)、カルシウムの吸収は夜や睡眠中に高まること (→ 夕食にカルシウムの多い食材を多く / 就寝前にホットミルクを飲む)、DHA / EPAは朝食時の摂取でより吸収が高まること (→ 朝食のおかずはあじの開き)、トマトなどのリコピンは身体活動の初期 (朝) に吸収が高まること (→ 朝食のサラダにトマトを添える) などです。また、シークワーサーなどの柑橘類の果皮に含まれるノビレチンは中枢時計の機能を高めること、朝の目覚めが良くなるシジミのオルニチンは睡眠ホルモンのメラトニン分泌のリズムを整え中枢時計に作用している可能性があること、コーヒーは中枢時計に作用して睡眠に影響を及ぼし、ココアは影響せず睡眠の乱れを改善し質も良くすること、等々。
私たちの生命活動に密接にかかわっている体内時計。日々時間に追われる生活は世界に一つだけしかない自分だけの大切な時計を狂わせてしまうことになりかねません。一度立ち止まって現実の時間をリセットし、体内時計を意識したライフスタイルを考えてみてはいかがでしょうか。