2022/2/16

[53回] 腸内細菌のちから : アレルギーの救世主「酪酸菌」


ウイルスと同様に良くないイメージを抱きがちな「細菌」。ましてや、「細菌感染」となると誰もが嫌な気持ちを抱くのではないでしょうか。そんな悪役のイメージの細菌ですが、わたしたちの腸には100兆個以上、重さにして1kg以上ものさまざまな細菌がいて摂取した食物にとりつき (広い意味での感染) 、からだに必要な栄養素の代謝や合成のためにあくせくと働いてくれているのです。しかしながら、厄介なことに一部の細菌たちはそれを邪魔したり余計なものを作ったりしています。

からだを蝕む体外からの招かれざる細菌感染に対しては抗生物質を使いますが、腸内に住みついている細菌については食事を主体とした生活習慣のなかで対処していくことになります。

腸内細菌の状況 (腸内細菌叢/腸内フローラ) を調べる検査として、便のなかの細菌を培養して分析する方法と細菌の遺伝子を解析する方法があり、主流になりつつある後者の検査でより詳細な状況把握ができるようになりました。

植物種や動物種、人間では性別や人種、さらには、ライフスタイル、宗教、価値観などさまざまな分野でダイバーシティ (diversity : 多様性) が求められています。腸内細菌叢についてもダイバーシティに富んでいるとさまざまな刺激に対する対応力が高くなり、感染症予防や生活習慣病、アレルギー疾患などになりにくくなることが腸内環境の詳細な分析により分かってきました。また、善玉菌が少ない環境は相対的にも悪玉と言われる細菌が多くなり、体調不良や病気の誘発原因になるため日々の食事や健康食品の摂取などで改善していくことを考えるべきでしょう。

腸内細菌叢検査では善玉、悪玉菌のバランス状況や、肥満を招きやすいデブ菌 (フィルミクテスの仲間) やその逆のヤセ菌 (バクテロイデスの仲間) 、女性ホルモンと似た効果のあるエクオールを作るエクオール産生菌、内臓脂肪を減らす助けとなるガセリ菌、毒素を出すウエルシュ菌などの存在状況等についての情報量が多いことから、ライフスタイルの見直しを考える際にはぜひ自身の腸内環境を調べてみたいものです。

 

いわゆる善玉菌の代表としてよく知られているのは乳酸菌とビフィズス菌です。乳酸菌はオリゴ糖などの糖や食物繊維から乳酸を作る細菌の総称であり、腸内を酸性に傾けることにより悪玉菌の繁殖を抑え腸内環境を整えます。また、乳酸ばかりでなく、腸内で葉酸などのビタミンB群やビタミンKの合成にもかかわっています。さらには、腸の動き (蠕動) を活発にして便秘にならないようにしたり、脂質を吸着させて吸収を抑えたり、腸内の免疫機能を活性化したりするなど、私たちの健康の維持に大きく寄与しています。

乳酸菌の一種であるビフィズス菌は、乳酸のほか強い殺菌作用を発揮する酢酸も作っています。通常加齢により減っていきますが、健康長寿のお年寄りの腸内には若い人並みにたくさんビフィズス菌がいることがわかっており、長寿菌とみることもできそうです。また、母乳にも含まれており、お母さんから赤ちゃんへの大切な贈り物にもなっているのです。

こうした善玉菌が多い状態を保つためには、エサになるオリゴ糖や食物繊維 (プレバイオティクス)、あるいは、乳酸菌を多く含む食品 (プロバイオティクス) の積極的な摂取が必要です。食品中の善玉菌は口から入ったあと、胃から小腸を経由して大腸に至る過程で少なからず死滅することがわかっています。また、腸内で生きている時間にも限りがあるため、プロバイオティクスについては日々の食事に気を配ることに加え、健康食品で毎日補うことも選択肢となります。しかし、生きていない死菌であってもほかの善玉菌のエサになるなど、なにがしかの役に立っていると考えられています。

プレバイオティクスのうちオリゴ糖を多く含む食品としてはバナナ、玉ねぎ、ニンニク、アスパラ、ゴボウ、大豆などです。食物繊維としてとくにおススメなのは海藻やキノコ、野菜ではイモ類、ゴボウ、ブロッコリー、ほうれんそう、オクラなどです。一方のプロバイオティクスとしての乳酸菌が多い食品は、ヨーグルト、チーズ、漬もの、納豆、味噌、醤油、キムチなどのいわゆる発酵食品です。食事や健康食品では対処しきれない腸の不調が続く場合は、善玉菌を含む医薬品 (整腸剤) の常用が考慮されることになります。

 

これら以外の重要な善玉菌として位置付けられるのが酪酸菌という細菌で、京都府立医科大学の腸内フローラ検査 (京丹後長寿コーホート研究の一環として実施) でビフィズス菌と同様に長寿者で多いことがわかり、有力な長寿菌の一種とみられるようになりました。

酪酸菌は腸に届いたオリゴ糖や食物繊維を発酵・分解して酪酸を作る細菌であり、それにより腸内が酸性になり善玉菌は住みやすく悪玉菌は住みにくい環境になります。酪酸は酢酸、プロピオン酸などとともに短鎖脂肪酸に分類され、大腸の上皮細胞のエネルギー源として利用されるほか、一部は血流で肝臓や筋肉などに運ばれ使われています。

近年増えてきている花粉症や食物アレルギーは、感染症や癌に対する防御免疫とは違って辛く不快な症状をもたらす免疫反応の一種です。抗アレルギー剤の内服や点鼻・点眼、マスク、アレルゲン食材を避けるなどで対処するしかなく、とくに食物のアレルギーについては、どんなに注意していても避けきれないこともあり、厄介と言わざるを得ません。

酪酸菌はそんなアレルギーに対する救世主となる可能性があることで注目されるようになりました。マウスの実験で腸内の酪酸菌を増やしてやると食物のアレルギーが抑制されることがわかり、食物アレルギーや花粉症の予防や治療の選択肢として研究が進められています。また、潰瘍性大腸炎やクローン病では腸内の酪酸菌が少ないことがわかっており、こうした自己免疫疾患に対する効果についても検証されています。

白血球の一種であるリンパ球には、免疫を強めるリンパ球と抑制するリンパ球 (制御性リンパ球 : Treg) があり、後者のTregが少なくなり過ぎるとバランスが崩れてアレルギーを引き起こします。酪酸菌は腸壁のリンパ組織に働きかけてTregを適度に増やし、それが血流に乗って全身に行き渡り、花粉症や食物アレルギー、ばかりでなく、アトピー性皮膚炎、喘息、そして自己免疫疾患などのアレルギー反応にブレーキをかけることで鎮静化を促します。

酪酸菌は湿度や酸、アルカリの影響を受けづらく生きたままで腸に届くことから、善玉菌の整腸剤 (ミヤBM錠、ビオスリ―) として医療でも使われてきました。副作用はほとんどない使いやすい薬剤であることから、今後はアレルギー対策としての使用も検討してみたいものです。また、アレルギーの抑制のみならず、予防目的で健康食品としての酪酸菌もおススメです。